子どもたちのこと2004年エッセイ集より

 虫採りが大好きな女の子は、やがて3人の子どものお母さんになった。

 虫採りが大好きだったお母さんの子どもたちは、みな虫採りが大好きな子に育った。

 夏が近づくと、子どもたちの血は騒ぎ出す。

 もちろん、お母さんの血も騒いでいるが、何となく照れくさいので、知らん顔をしながらそっとウキウキしている。

 いよいよ夏が来て、子どもたちにせがまれると、

「仕方がないねぇ。」

と言いながら、予め目星を付けておいた場所へと出かけて行く。

 実家に戻っているときだと、水を得た魚。裏山は自分の“庭”だもの!

 幸いにも、幼い頃とほとんど姿が変わっていない裏山は、

「久しぶり、よく来たね。」

と、優しく迎えてくれる。


 図鑑や絵本を参考に環境を整えて、飼ってみたこともある。

 大きな水槽に土を入れ、草を植え…。

 当然、自分が子どもの頃よりも上手くできたし、根気よく世話を続けられたので、産卵させることにも成功した。

 嬉しくて、底土の中に一部分だけ見えている卵を毎日のように眺めていたのは…。

 翌春、冬越しをした土から出てきた小さな小さなキリギリスに歓喜の声を上げたのは…。

 脱皮を繰り返して、少しずつ大きくなっていくたびに、家族のみなに報告していたのは…。

 もちろん、3人の子どもたちのうちの誰かではなかった。

エッセイ集「これはきっとあなたの記憶」(2004年)より

*加筆しました

子どもたちのこと2004年エッセイ集より

 末の息子は背伸びをする。

 三つ上の兄と対等に渡り合いたくて。

 並外れた運動神経。アイデアあふれる創作力。当然のことながら、いつも遥か上を行く姿を見上げて、悔し涙を流す。

「全能なる兄」を目標にするあまり、運動面で同学年の友だちよりも優っているのに、決して満足していない。図工の時間に作った「傑作」を持ち帰ったときも、兄の反応が気になってしょうがない。

 そんな兄は、実は机の上での勉強が大の苦手で、「自分には向いていない。」と半ば諦めている。

 弟として、もちろん気づいてるようだが、それは取るに足らないことらしい。


 末の子の背伸びは情報収集にも向けられる。

 新聞や雑誌の広告から、先に新しい情報を見つけて兄に知らせたい。

「おお。」と驚いてもらえると大満足。

 ある日、靴屋のチラシを見ながら、

「見て!200円の靴だ!」

 長男はチラシを覗き込み、

「それは、200円引きだろう。」

 200円分のクーポン券付きのチラシだった。

 間もなくまた、

「あっ、これは2400円引きだ!」

 長男はちらりと目をやり、

「……。」

 もちろん、2400円の靴だった。


 こうして、末の息子の背伸びは今日も続く。

 自分が兄と対等だと、自らが納得できるその日まで。

エッセイ集「これはきっとあなたの記憶」(2004年)より

*加筆しました

 10年後、末っ子は身長だけは兄を追い越しました。

 それでも、気持ちは相変わらず兄を見上げたままです。

 身長の話になると、少しだけ誇らしい表情になり、兄は苦笑いをしています。

子どもたちのこと2004年エッセイ集より

 この春、三人の子どもたちそれぞれにクラス替えがあった。この地に引っ越して来てまだ半年。ここでまた、新たな友だち関係を作り直すのは酷だなと心配していたが、どの子もあっさりと受け入れているところがすごい。

 中でも、中二になった長女。始業式の夕方にすがすがしい顔で帰って来たので、

「クラス替え、どうだった?」ときくと、

「部活で仲良しの五人は、きれいに一組から五組に一人ずつ分かれたの。クラスで一番仲が良かった友だちも隣のクラスなんだよ。」

がっかりする内容を、実にさらりと言った後に、

「でも、平気だよ。このクラスでだって新しく友だちはできるから。今日だって、もう何人かと話して親しくなったもん。」

「部活の友だちと、『せっかく違うクラスになったんだから、同じ委員になって一緒に仕事をしよう。』って相談したんだよ。」

「はぁ…。」と言葉を失っている私に、

「私たち、前向きでしょ。」と、にっこり。

 いつのまにか、こんなにたくましくなっていたのか…。


 いわゆる“転勤族”で、引越し、転校を繰り返して来た。小学校には三校通い、中学校は二校目。その度に、仲良しの友だちに泣く泣く別れを言い、新しい学校では一人でぽつんとしていたことも何度かあったという。

 そんな経験からなのだろう。転校して来た子や、友だちに馴染めずにいる子に、とても優しいと聞いていた。


 幼いうちから、そこまでの“修行”を積んだ者にはとても敵わない。

 たくましさにはかなり自信があった私だが、我が子ながら尊敬してしまった。

エッセイ集「これはきっとあなたの記憶」(2004年)より

*加筆しました