奇跡のような軌跡,子どもたちのことたどり着いた視点

 いよいよ農地が動き始める

 ビニールハウスの準備があり、姉や姪っ子たちが手伝いに来た

 作業が多いにも関わらず、久しぶりに会ったのでついつい思い出話に花が咲き、昼休憩が長くなってしまう

 私が神奈川へ行って、いつの間にか離婚していて、ちゃっかり実家へ戻って住み始めた経緯なんかは、それまでは具体的に話したことはなく、誰も訊いて来ることなんかなかった

 話し始めるきっかけもなかったし

 そのきっかけがたまたま訪れた

 娘からの電話

 「お父さんのこと吹っ切って、楽になることにした!」

 「これは宣言だから、そこにいるみんなにも聞いてもらいたい」

 知ってはいたけど、大胆な子…

 「お父さんに電話してそう言ったんだけど、相変わらず強がって、軽く『そうか、ありがとう』って言ってたよ」と笑った

 そうか…荷物を下ろした に見せた、私の惨めとも見えた姿がずっとこの子の傷になり、悲しみと怒りを縛りつけていたんだな

 あの日、私は一番傷ついた者という特権を手に入れ、大きな荷物を手放せる理由を得たことに夢中になっていた

 私に寄り添ってくれる気持ちが強い人ほど、私以上に心を痛めてくれていたんだ

 聞いていた姉たちも、口々に「あのときの怒りは忘れられない」と言って声を詰まらせた

 電話の後、今まで語ることのなかった過去の出来事をいくつか話すことになった

 語り尽くすことなんかはできない

 だって、午後の作業が始められない…

 いっそこのHPを教えちゃおうかとも思ったけど、思いとどまった

 今までみたいに気楽に暴露や愚痴を書けなくなってもなぁ…と

 電話が鳴って の日の出来事にも触れた

 でもこれは、ここで忘れて二度と口にしないって約束した

 子どもたちがそれぞれに折り合いをつけたり、やっとの思いで手放そうとしたりした怒りや憤りを、また手繰り寄せさせるわけにはいかない

北海道では1か月先の風景です

奇跡のような軌跡,日々のあれこれ

 家の裏にキレイな形の山がある

 キレイっていうのは、カッコいいという意味ではなくて、絵本の挿絵みたいにシンプルな形ってこと

 お椀を伏せたみたいに丸くて、左右対称

 子どもの頃は、ブラキオザウルスみたいな恐竜が伏せっているうちに土に埋まってしまい、まだ眠っている…という物語を想像して楽しんだものだった

 あるとき、その山の名前が「三角山」だと知った

 当然「えっ?」となった

 でも、成長して行動範囲が広がるとその理由が分かった

 真横から見るとこんな形だった!

大雪山の手前の山です

 これを見たほとんどの人が「三角山」と名付けるだろうなぁ

 こんな山が、山間の地で一つ独立してそびえている

 出来すぎのように思えてしまう

 「あれは有史以前のピラミッドだ!」と言うオカルト好きな人もいるらしい

 「月は出来すぎの天体だ」という話はよく聞く

 太陽と見かけの大きさが同じくらいだということ

 いつも同じ面を地球に向けていることetc

 そんな記事を読んではワクワクしている私にとって、こんな身近にもあった不思議が気になってしょうがない

 ただ、掘り返すワケにもいかないので、今は、いろいろな角度から眺めては楽しんでいる

奇跡のような軌跡

 このタイトルを見て、星新一さんの名前や、「メロンライスにガムライス」というフレーズが思い浮かんだ方は同志ですね

 でも、ごめんなさい

 これは、私自身の「おのぞみの結末」に、一人「しめしめ…」と、思っている話です

 その思いは、あの電話が鳴った日( 電話が鳴って )に私の中で確固たるものになりました

 私が望んでいたのは、自分の両親と過ごす老後

 長男だった元の夫の両親ではなく

 あの日から、私は動いて、間合いを測りながら遠ざかって、切って、頃合いを見ながら周知させて…

 ちょうどいいタイミングで訪れた荷物を下ろした日に、私にはこの「おのぞみの結末」が用意されていることを確信しました

 誰かの心に大きなダメージを与えることなく、ここまでのお膳立てをした自分の調整能力と運は賞賛ものでした

 そのときまで、一か月を切りました

 今描いている理想のように、ほのぼのとした安楽なものではないかもしれません

 でも、自分が弱く未熟だったときに支えてもらった思い出を掘り起こしながら、母と一緒に過ごせる時間を大切にしていきたいと思っています

 若い頃から苦労の絶えなかった母について書いてきた文は、どうする?をはじめとした「母の一世紀」というタグでまとめています

よろしければ、そちらもお読みください