日々のあれこれたどり着いた視点

 拾いもの をしてから冷蔵庫に入れっぱなしの小豆だったけど、休日を使って当初の思いつきを実行した

 作り方はなんとなく知っていたけど、詳しい手順となると自信がなかったので、例によってネット内の“先生”たちを頼った

 ホントにありがたい

 この年まで小豆を豆から茹でたことも団子粉をこねたこともなかったんだから…(恥)

 最近すっかり薄味好みになった母に合わせて、砂糖は控えめにした

 午前のおやつに一緒に食べたら、

「長生きはするもんだ」って喜んでいた

 どこから来たのか分からぬまま、畑の隅でいつの間にか育っていた小豆の株に今さらながら感謝!

 こんな“予定外”があると、重い腰を上げるきっかけになるもんだな

日々のあれこれたどり着いた視点

 母の中では甥っ子も私の息子も、小さい頃から見守ってきたそれはそれは可愛い孫たち

 少しの変化にもよく気がついて、

 「今日はいつもと違う」

 「困っているんじゃないか」

 「お腹が減っているんじゃないか」

 私はそれを見ながら、「永遠に5〜6歳児なんだな」と笑っている

 でも30代に手が届いている当の本人たちにすれば鬱陶しくてたまらないのもよく分かる

 つい、声を荒げてしまうこともあるようだ

 落ち込む母に、

 「もういい大人なんだから、放っておけば良いんだよ」と言っても永遠の5〜6歳児が更新されることはない

 どちらも自分の考え方を少しだけ修正したら、多少は歩み寄れるのに…

 ああ、中間管理職ってこんな感じなんだろうな

奇跡のような軌跡,子どもたちのことたどり着いた視点

 いよいよ農地が動き始める

 ビニールハウスの準備があり、姉や姪っ子たちが手伝いに来た

 作業が多いにも関わらず、久しぶりに会ったのでついつい思い出話に花が咲き、昼休憩が長くなってしまう

 私が神奈川へ行って、いつの間にか離婚していて、ちゃっかり実家へ戻って住み始めた経緯なんかは、それまでは具体的に話したことはなく、誰も訊いて来ることなんかなかった

 話し始めるきっかけもなかったし

 そのきっかけがたまたま訪れた

 娘からの電話

 「お父さんのこと吹っ切って、楽になることにした!」

 「これは宣言だから、そこにいるみんなにも聞いてもらいたい」

 知ってはいたけど、大胆な子…

 「お父さんに電話してそう言ったんだけど、相変わらず強がって、軽く『そうか、ありがとう』って言ってたよ」と笑った

 そうか…荷物を下ろした に見せた、私の惨めとも見えた姿がずっとこの子の傷になり、悲しみと怒りを縛りつけていたんだな

 あの日、私は一番傷ついた者という特権を手に入れ、大きな荷物を手放せる理由を得たことに夢中になっていた

 私に寄り添ってくれる気持ちが強い人ほど、私以上に心を痛めてくれていたんだ

 聞いていた姉たちも、口々に「あのときの怒りは忘れられない」と言って声を詰まらせた

 電話の後、今まで語ることのなかった過去の出来事をいくつか話すことになった

 語り尽くすことなんかはできない

 だって、午後の作業が始められない…

 いっそこのHPを教えちゃおうかとも思ったけど、思いとどまった

 今までみたいに気楽に暴露や愚痴を書けなくなってもなぁ…と

 電話が鳴って の日の出来事にも触れた

 でもこれは、ここで忘れて二度と口にしないって約束した

 子どもたちがそれぞれに折り合いをつけたり、やっとの思いで手放そうとしたりした怒りや憤りを、また手繰り寄せさせるわけにはいかない

北海道では1か月先の風景です