同じ空の下導いてくれた歌

 「同じ空の下」で検索すると、高橋優さんをはじめ、「名前がかぶってごめんなさい」と謝るしかないレベルで、才能溢れる皆さんの曲や作品が表示されます。

 サイトを立ち上げたのが2019年の秋なので、明らかに便乗した感じになってしまい、さらにごめんなさい。

 立ち上げ当初に、祖父が亡くなったときに打った弔電が、サイト名の由来になったことを書きましたが (関連同じ空の下 )、その元になったイメージをくれたのは、安全地帯の「夢のつづき」という曲でした。

  あの日そろいの帽子は どんな街角にいても

  一つに広がる 空を知っていた

 1980年代のアルバムに入っていた曲だと思いますが、玉置浩二さんの、囁くようにな歌声が心に語りかけます。

 大切な思い出を、あまりにも丁寧に、こんな視点をもって表現できるんだと、心がふるえました。

 この機会にとYouTubeで探したら、色々なバージョンで公開されたものがありました。

 私はやはり、初期のシンプルなものが好きです。

アマリリスです。ひと株から、花芽が二つ出ました。良い春になりそうです。

日々のあれこれたどり着いた視点,導いてくれた歌

「捨て去る時には こうして出来るだけ 遠くへ投げ上げるものよ」

 さだまさしさんの、「檸檬」。サビの部分です。

 この歌詞に心を動かされたのは10代の頃で、別れ際に見せる、こんな思い切りの良さに、憧れのようなものを感じました。

 とは言っても、それまで持っていたものを、こんなに大胆に切り捨てられる勇気など、持てるような日が来るとは思えませんでした。

 この春、数年に一度の大きな別れがありました。

 人事異動です。

 今回は、慣れた場所や人と離れ、おそらく、知人が一人もいない場所でのスタートになります。

 名残惜しくても、寂しくても、最後には自分で決定したこと。

 大切に関係を築いてきた人たちの記憶から、お互いのことがだんだん薄まって消えていくのも、それぞれにとって必要なことのように思えます。

 何度か繰り返してきたこうした別れに、ずいぶんたくましくしてもらったんだなぁと感じています。

 感謝の気持ちを込めながら、未練を残すことなく別れを告げようと思います。去り際も、「檸檬」を見習って。

「消え去る時には こうしてあっけなく 静かに堕ちてゆくものよ」

心なしか膨らんできました。
「カポックの花が」のカテゴリーも、そろそろ更新したいものです。

日々のあれこれたどり着いた視点,導いてくれた歌

 臆病風に吹かれて 波風が立った世界…

 Mr.Childrenが10年以上前に発表した、誰もが知っている「HANABI」のフレーズです。

 今の世界は、この頃よりも更に強い“臆病風”が吹いていそうです。

 ただごとでない“波風”が立っています。

 政府の対策や対応は、「迷走」ばかりが目について、不信感が募っています。

 強い物言いで批判する割には、自分の意見やアイデアを持っているわけではない人も数多く見ました。

 それでも、私は、自分を取り巻くこの世界を愛おしく思っています。

 子どもでさえも、文句を言わずにマスクをつけて外出します。

 買い物に行くと、店の出入り口では、手が荒れる季節にもかかわらず、みんなアルコール消毒液をつけて入ります。

 一人ひとりに大きな変革をもたらす力はないのでしょうが、みんなが

「ここを何とか乗り切ろう。」と、静かに決意して行動しているのを感じます。

 誰もが素敵な明日を願って、小さな希望に手を伸ばそうとしています。

 今、自分に出来ることをする。

 「もう一回!」と立ち上がるために。

二日月に願い事をすると叶うと聞いたことがあります。

日々のあれこれたどり着いた視点,導いてくれた歌

あなたには 幸せになってほしいから 遠くで手を振るだけの人になる

 これも、数年前に新聞の歌壇に載った一首です。 (多少の記憶違いはあるかもしれません)

 失恋の歌のようでもあり、子どもを独り立ちさせようとする親の気持ちを歌ったようにも取れます。

 ちょうど娘が結婚を控えていたときだったので、私には後者がしっくりときました。

 自分が主人公なのは自分の人生だけで、他の人の人生の責任は本人に任せるしかありません。

 たとえ、それが今まで強い影響力を与えてきた我が子でも。

 たとえ、経験の豊富な者の言い分を丸ごと受け入れていた方が、失敗を事前に回避できると思われても。

「木の上に立って見ている」と書く「親」という字。

 頭では分かっていたつもりでしたが、とうとうそのときが来たんだなぁと思いました。

 そして、「くれぐれもこの木から降りないようにしよう。」と、こっそり決心したのでした。

日々のあれこれ導いてくれた歌

年度の初めはいつも忙しくて、気付くと「とっちらかした」生活をしている。
一つの仕事が終わらないうちに次々と新しい課題が横から差し挟まれ、そらに気を取られていると順調だった仕事までこじれてしまう。
時間はいくらあっても足りない。
集中力が続かない。気持ちがすさんでくる。

当然、生活も乱れてくる。
夕食は、スーパーのお弁当、フランチャイズ店の持ち帰り弁当、チェーン店の丼物…。そのローテーション。
どこか、いつも焦っている。
「早く、速く…。」といつも考えている。

そんな生活に嫌気がさしたときに、いつも思い出す短歌がある。
ずいぶん前に新聞の歌壇に載った。
下の句が、「ちいさきいのちは ていねいに生きる」
上の句は、はっきりとは思い出せないのだが、生まれたばかりの子が、乳を飲んで眠って…を繰り返すだけの日々の愛おしさを歌った、若いお母さんが詠んだ一首だった。

私にとって一番大切なことは何だったかな。
今、私は自分を大切にしているかな。
守ろうと思っていたものを、ちゃんと守れているかな。

仕事の量が減るわけではないけれど、その基本に立ち返ると、不思議と心に余裕がもてるようになる。
「とっちらかって」いた雑事に、冷静に優先順位をつけられるようになる。
fast foodから、slow foodに気持ちがシフトしてくる。

愛情あふれるお母さんのお子さんは、きっと健やかに育って、ずいぶん大きくなったことでしょう。
あなたが生み出した句もまた、こうして見知らぬ人の心に残っています。
そして、きっと多くの人の心の支えになっていますよ。

マイルドセブンの丘…。もう、防風林ではなくなりました。