背伸び
末の息子は背伸びをする。
三つ上の兄と対等に渡り合いたくて。
並外れた運動神経。アイデアあふれる創作力。当然のことながら、いつも遥か上を行く姿を見上げて、悔し涙を流す。
「全能なる兄」を目標にするあまり、運動面で同学年の友だちよりも優っているのに、決して満足していない。図工の時間に作った「傑作」を持ち帰ったときも、兄の反応が気になってしょうがない。
そんな兄は、実は机の上での勉強が大の苦手で、「自分には向いていない。」と半ば諦めている。
弟として、もちろん気づいてるようだが、それは取るに足らないことらしい。
末の子の背伸びは情報収集にも向けられる。
新聞や雑誌の広告から、先に新しい情報を見つけて兄に知らせたい。
「おお。」と驚いてもらえると大満足。
ある日、靴屋のチラシを見ながら、
「見て!200円の靴だ!」
長男はチラシを覗き込み、
「それは、200円引きだろう。」
200円分のクーポン券付きのチラシだった。
間もなくまた、
「あっ、これは2400円引きだ!」
長男はちらりと目をやり、
「……。」
もちろん、2400円の靴だった。
こうして、末の息子の背伸びは今日も続く。
自分が兄と対等だと、自らが納得できるその日まで。
エッセイ集「これはきっとあなたの記憶」(2004年)より
*加筆しました
10年後、末っ子は身長だけは兄を追い越しました。
それでも、気持ちは相変わらず兄を見上げたままです。
身長の話になると、少しだけ誇らしい表情になり、兄は苦笑いをしています。