ハル
窓からハルが家の前の雪をかいているのが見えた。雪は後から後から降っていて、その姿は白く霞んで見えた。
ハルを見るのは久しぶりのような気がした。そして、とても遠く見えたのは、雪で霞んでいたせいでも、私の家が道から少し奥に建っていたせいでもなかったと思う。
ハルは私の一つ下の幼なじみ。水田地帯で、隣家が300m離れているのは当たり前の地域で、公道を挟んでほぼ真向かいに位置していた私たちの家は、珍しいほど近いと言えた。
物心がついたときには、私のそばにはいつもハルがいた。おかげで、小学生の頃の私は、男の子が好みそうな遊びばかりしていた。2人とも好奇心旺盛で、虫採りや釣りが大好きだった。
2人で“穴場”を見つけたこともあったし、どちらかが新しい情報を入手して来て、一緒に検証しに行ったこともあった。山の中を探検したときの、川の中洲に秘密基地を作ったときの、頼もしい相棒だった。
私は雪の中を走り出した。今を逃したらまたしばらく会えないような気がしたから。
何と声をかけようか、走りながら考えたが、何も思いつかないままに、もう公道を越えていた。
ハルは、私をちらっと見たが、すぐに自分の手元に視線を戻し、手袋もつけず赤くなった手を休めることなく言った。
「おれんちのばあちゃん、死んだんだ。」
いつもと同じ、淡々とした口調だった。
「うん…。」
それっきり、私は何も言えなかった。気の利いた励ましの言葉など、言えるはずもなかった。
親しく付き合っていた私の両親や祖父母でさえも、ただ驚くばかりの突然の死だった。誰にとっても、それを受け入れるのは難しいことだった。ましてや、家族だったなら…。
誰よりも孫を可愛がった、ハルとその妹にとって自慢の「優しいばあちゃん」だった。
台風が去った後の川に無謀にも釣りに出かけた私たちを、血相を変えて探しに来てくれたのも彼女だった。
家の敷地内には車がびっしりと停まっていて、広い家も相当な混雑だったのだろう。そこに居場所がなくなって、外に出て既に雪かきの済んだ道に新たに降る雪をかき続ける。いかにもハルらしかった。その頃はまだ、小学校に上がる前後の年齢だったと思うのに。
それからしばらく後、私たちはまた元のように遊び始めた。
発見と発明の中で、けんかもした。野山を駆け回り、夕焼け空を眺めた。原色に色づいた思い出なら数え切れない。
でも、私がハルを思い出すときには、最初に浮かんで来るのは、あの冬の光景なのだ。
雪で白く霞んだ風景の中で、ハルの「現実を淡々と受け入れる潔さ」が一層白く、そのまま消えてしまうのではないかとさえ感じた。
何年も会っていないハルの思い出の中にも、私はいるのだろうか。それは、どの場面なのか、それにはどんな色がついているのか、少しだけ気になる…。
エッセイ集「これはきっとあなたの記憶」(2004年)より
*加筆しました