日々のあれこれ歳時記

 頭の中に、季節の節目に思い浮かべる小さな太陽系があります

 太陽のまわりを地球だけが回っている、超シンプルなものです

 地軸が程よく傾いていて、太陽を中心に時計回りに回りながら、北半球がよく照らされたり、照らされにくくなったりしています

 その太陽系の中で、地球がちょうど向こう正面の位置に来ました

 秋分の日です

 よく言われる、

「太陽が真東から上って、真西に沈む」

「昼と夜の長さが同じ」

が当てはまらないことは、春分の日に書いたように、こちらも同じでした (関連 北面を照らす陽 )

 ここしばらく、日の出、日没のみならず、太陽の姿を見ることがかなり少なかったので、その動きへの興味がやや減少気味です

 それでも、この機会に、雲の向こうの太陽を想像しながら…

 真東や真西を通過するのはどちらも明日、24日のようです

 昼と夜を12時間ずつ分ける日は、26日〜27日と幅がありました

 明日は無理でも、26日にもなれば、節目を迎えた太陽を眺めることができるかな…

 ちなみに、26日は新月です

 月がその節目を迎えると、そのときだけ、超簡単な脳内太陽系の地球の近くに月がちょこんと現れることになっています

 なかなか便利です

レモンブライトという品種のコスモスです  黄色いコスモスが、こんなに普及していたなんて…!

日々のあれこれ歳時記

 夏至が過ぎました

 太陽の高度が南の地平から78度(横浜市)と一番高くなるのに、毎年梅雨時で実感できる年はなかなかありません

 今年の21日もしかり、でした

 ところが、今日はどうでしょう!

 真っ青な空を、首が痛くなるほど見上げたら…

 眩しくて、とても正視はできませんが、逃げ場を失うくらいの高みから、ギラギラと照りつける太陽を味わうことができました

 私のこだわりから、日の出は13日頃をピークにじわじわと遅くなり始めていること、日没は、29日が一番遅くなることを付け加えます

 真北を中心に東と西にそれぞれ最高60.1度の位置まで動いて出入りする太陽(これも横浜市が基準)に、北極の白夜まで想像してワクワクが止まりません

(関連 北面を照らす陽 )

 ちなみに北海道を調べたら、札幌市で真北から56.1度でした

 この時季は、7時半でも、無灯火で運転できたことを思い出します

やっと咲き始めました! えっ…と思うほど地味な花ですが、25年という月日やあの頃の思い出を振り返ると、やはり愛おしいです

日々のあれこれ歳時記

 植物を育てるのが上手い人は、「緑の手」を持つと聞いたことがあり、観葉植物をはじめとして、1年中ベランダで、何かしらの植物を育てている私は、一種の憧れのようなものを感じてきました

 「どんなことをしても、よく育つ」「植物と対話ができる」など、人知を超えた能力をもっているみたいで、羨ましい限りです

 そんな私に、「少しの間、緑の手気分を味わえる時季」がやってきました

 アマリリスが花盛りです

 2月頃に球根を掘り返して、古い根を掻き落とし、新しい土に植え直すだけ ひと手間ですが、その努力に余りあるほどの、大きな立派な花が咲きます

 脇芽が出るたびにそれを移植して増やしたので、5株ありますが、今年は、そのうち2株も2本ずつの花芽を伸ばしました

 朱色の花が、ほぼ一斉に咲くのを眺めるのは壮観で、この時ばかりは、自分も「緑の手」を持っているのかもしれないと、自惚れてしまいます

手前右の花は、残念ながら盛りを過ぎてしまいました

 カポックも着々と開花に向かっていますし、増え続けるキンセイマルにも、気づくと花芽が3つも出ていました 今年の「緑の手」期間は意外と長なるのかも…

1週間で、さらに開きました
動物の耳風な、可愛い位置の花芽です
調子に乗って、コキアも育ててみることにしました

日々のあれこれ歳時記

 大げさに表現するとこうなりますが、つまりは「風」のことです。

 大人になって、ふと気づきました。

 風の強い日が苦手です。

 そんな話を、以前友人にしたら、

「何事にも動じなさそうに見えるのに、風ごときが苦手なの?」

と、笑われました。

 髪がなびいて、顔に不規則にかかるのがイヤ。

 目にナゾの粒が入るのがイヤ。

 行こうとする方から吹きつけて、少し前のめりに歩くのもイヤ。

 後ろから押されて、自分のペースで歩けないなんて、大きなお世話。

 ここに置いたはずなのに、いつの間にか遠くに移動して落ちているモノを拾いに行くときには、腹立たしささえ感じます。

 そこにあるのが、ただの「空気」とは思えません。一つの大きな塊としての「大気」という言葉がぴったりです。

 4月から5月。

 この地域では、毎年その「大移動」があって困ります。

 私が吐いた二酸化炭素も、何処かから来た良からぬウィルスも、一瞬のうちに巻き込んで、遠くへ運んでしまう「お手柄」を考慮しても、やはり好きになれそうにありません。

 今日は久しぶりに、大気が緩やかに移動しています。

 洗濯物が静かに揺れて、大気と仕事に急かされ続けた一週間の疲れを癒してくれています。

普段は周りに水が流れていて、
シシ神さまが夜の徘徊から戻って来る場所のようです

日々のあれこれ歳時記

 桜が咲き誇って迎えた年度はじめは、みんな、その花のようです。

 新しい環境でも、そうでなくても、笑顔で挨拶を交わし、新鮮な気持ちでお互いを受け入れ合っている風景。そこに立っているだけで、役割を一つ果たしている気分になります。

 でも、その時間はあまりにも早く過ぎ去ってしまうというのも、みんなが知っていることです。

 そして、そこからが本物の時間。

 お互いの実力に気づき合ったり、本性を見せ合ったり…。

 未熟だった人が、着実に力をつけていく時間でもあります。

 まるで、花のあとに、鮮やかな緑色の葉が伸びて、枝を覆っていくようです。

 見上げられたり、愛でられたりすることがなくても、しっかりと自分の葉を茂らせる大切な時間です。

 日々を夢中で過ごしているうちに、知らず知らすに誰かに木陰を提供するようになるかもしれません。

 散りゆく花に寂しさを感じながらも、その次にやってくる本物の時間も、毎年楽しみにしながら待っています。

日々のあれこれ歳時記

 太陽の動きが気になる時季になりました。

 明日は春分の日です。

 今年は3月21日ですが、あらためてこの日になった理由を調べてみようと思い立ちました。

 よく言われるのは、「昼と夜の長さが同じ」。

 でも、日の出が午前5時50分、日の入りが午後5時50分で、ちょうど12時間ずつになるのは、17日だったようです(横浜市)。

 では、もう一つの説、「太陽が真東から上り、真西に沈む」。

 これも、少しズレていました。

 19日に真西に沈んだ太陽が、翌日の20日に最も真東に近い位置から上るのが、一番それに相応しいものでした。(今朝、ほぼ真東から出たんだ!寝坊した自分が恨めしい…。)

 ここで、やはり日の出、日の入の時刻や位置ともにズレて設定されていた、夏至や冬至のことを思い出してみます。この2つの日の決定打は、太陽高度でした。南中したときの高度が、それぞれに最高と最低でした。(関連 太陽の誕生日 )

 「丁度半分の高さなのかな…。」と計算してみましたが、やはりこれも当てはまりませんでした。

 結局は分からずじまいで、夏至や冬至を元にして、365日を分けたのかな…と、思うことにしました。

 細かいことは一旦忘れることにして、これから秋までは、朝と夕方の太陽が家の北面をも照らすようになります。

 北極まで行くと白夜になるのですから、北の地方ほど照らされる時間が長くなります。

 北海道からも、ようやく春の気配が感じられるようになったと知らせがありました。これから始まる短い春や夏に、太陽の祝福がたくさん受けられることを願っています。

日々のあれこれ歳時記

 散歩をしていて、思い出しました。

 子どもの頃は、こんなことが嬉しかったのです。

 生まれ育ったところでは、土の黒や、そこから芽吹く緑色を久しぶりに見るのは、4月の半ばになってからでした。

 圧倒的に白の多い、一面のモノクロの世界に、やっと色彩が戻って来たようで心が弾みました。

 小さかった私は、陽当たりの良い、庭の隅で見つけた小さな芽を、毎日毎日見に行って、春の訪れを確かめたのでした。

 「北海道は猛吹雪」というニュースを心配して連絡を取ると、「思っていたほどではなかった。」と言いますが、そもそもの想定が高いだけで、そこそこ降ったようです。

 毎日土を見て、他の季節よりも少ないながらも緑に囲まれて、花だって咲いている色彩豊かな冬をずいぶん繰り返してきました。

 それが当たり前ではないことを思い出して、小さな幸せに、もっと感謝しなくちゃなぁ…。