日々のあれこれたどり着いた視点

 最近、「収納術」という言葉をよく耳にします。

 発想に感心してしまうアイデア製品や技術、見た目に可愛らしい小物など。

 自分で暮らしをコントロールして形づくるわけですから、毎日が楽しく、活力も湧いてきそうです。

 でも、この歳になると、思考は真っ直ぐそこへは向かいません。

「工夫しないと収まり切らないほどの物は持ちたくないな。」

 居間を見回します。

 殺風景でもないし、無駄な物が置かれていないとも言えませんが、気が向いたときには棚にも机にも必要な物が置けます。

 YouTubeを見て、いきなりストレッチをしようと思い立ったときに、寝転んで手足を伸ばしても困らない床スペースもあります。

 多いわけではない収納家具の中も平均して余裕があります。

 これらは、私が以前「物に振り回されない暮らしがしたい。」と強く願った時期があったことが影響しています。※

「呼ぶ声」参照

さらにそれに加えて、最近は、「そろそろ人生のたたみ方を考えておこうか。」という思いを、少しずつもち始めたのです。

 自分がいなくなった後、何人かの人の心には、良い思い出として残るのもいいな。

 でも、物理的にはできるだけ痕跡を残さないように、自然に溶け込むように消えて行きたいな。

 だとしても、体一つで生きて行くのは難しいから、捨て方や処分の仕方を考えて、物と付き合わなくちゃならないな。

 50代後半。幸い、丈夫で健康。まだ数年は現役で働けそうです。

 こんなことを考えるのは、定年を迎えてからでも良いのかもしれません。

 でも、頭も体もそこそこに動く今から準備を進めようとしている自分の計画性が、結構気に入っています。

日々のあれこれたどり着いた視点

 子どもたちを三人とも連れてこちらへ来ると決めたことは、周囲には当然、無茶と思われていました。

 中学生と、小学生が二人。

 義務教育中とはいえ、経済的負担は大きいと覚悟しなければなりませんでした。

「昔から、こうと決めたら譲らない子だから。」

という諦めと、

「お前だったら、何とかするんだろうから。」

という両親の信頼に後押しされて、危うげな一歩を踏み出しました。

 そうは言っても、私は「三人の子どもを育てよう。」と決心したわけではないのです。

 あったのは、

「この三人と生きていきたいな。」

「毎日の生活の中に、この三人がいてほしいな。」

という願いだけでした。

「育てる」「育て上げる」なんて立派なことはできそうになかったけれど、いつも一緒にいてお互いを支え合えたら、どんなに心強いだろうと思えたのです。

 幸い、私が就いた仕事は、四人で生活するのに十分な収入になりました。贅沢はできませんが、毎日のおやつや夕食後のアイスクリームを楽しみにできるような生活は保証してあげられました。

 今は、巣立った者、手元に残っている者と様々です。

 みんな、自分の意思で身の振り方を決めて、生活する場所を選びました。

 離れて暮らす者もそうでない者も、苦しいとき、不安なときを、身を寄せ合って乗り切った大切な仲間として、いつでも幸せを願っています。

日々のあれこれたどり着いた視点

 孫がもうすぐ一歳になります。

 娘が毎日のように写真や動画を送ってくれるので、日々の成長をほとんど見逃すことなく、目を細めて見守ってきました。

 娘が生まれた頃は、セクハラやマタハラなんて言葉はもちろん、そんな態度には問題があるという意識も浸透していませんでした。

 職場に産休を申し出るのも、一年間の育休を希望するのも、罪を告白してでもいるかのように後ろめたかったものです。

 育休中に二人目を考えていることが話題になったときには、明らかに歓迎していない様子で、嫌味を言われました。

 それから30年経った今はどうでしょう。

 あのとき嫌味を言った上司も、気遣わしかった同僚も、どこで何をしているのか知りません。お互いの幸せを願う必要も、当然ありません。

 一方、あのとき生まれてきた無力だった娘は、ずっと私に寄り添い続けてくれました。

 よき理解者として、頼りにすることもあります。

 毎日の張り合いになるような、可愛らしい姿を届けてくれます。

 意識の改革が進んでいる今でも、女性にとって出産や育児のリスクは大きくて、周囲の理解が得られず辛い思いをしている人が多いと聞きます。

 でも、これから生まれてくるのはただの無力な新生児ではありません。自分の人生に彩りをくれる、可能性の種です。

 自分の人生にとって、隣の席から飛んできたコショウの粉くらいの影響しか及ぼさない「誰か」にとっての不都合などに、気を遣う必要はないのです。

 何十年か先の自分の人生に、どんなメンバーがいたら楽しいかな…、幸せかな…、と考えてみてください。

 100年にも満たない人生の中で、今、いちばん大切にしなければならないものが見えてくるはずです。