日々のあれこれ母の一世紀

 今日は掃除用具の部品の交換日

 カレンダーには1カ月前に書き込んだ母の文字がある

 ちょっとへろへろしてるけど…読める!(笑)

 業者さんはいつもだいたい昼過ぎに来てくれるんだけど、朝のうちにテーブルの上に交換予定のグッズが並んでいる

 その時に支払う代金も添えてある

 わざわざ来てくれるのに、こっちがもたもたして待たせるのは申し訳ない

 何度も来てもらうのは気の毒だから、ちゃんとお金も準備しておかないと

 この種の気遣いは新聞の集金の人はもちろんトイレの汲み取り業者に対しても変わることはない

 私が戻って来る前に、一人で暮らしていた母に関わってくれていた人たち

 みんな良くしてくれるんだなぁ… ありがたかったなぁ…

 そう思っていたけど、母は母なりに自分にできる精一杯の誠意をもって接していたんだな

 その年齢らしくとぼけているし、時には頑固でイラッとするときもあるけど、まだこうして学ぶべき背中を見せてくれる

母の背中といえば…こちらもいかがですか

日々のあれこれ母の一世紀

 かあちゃんが言ってたもんだ

 「亡くなった者は真っ暗な道を進まなければならないんだ

 でも残った者が仏壇に花を供えると、その道の灯りになって迷わないで歩いていけるんだ

 私のときも、どうか花を供えてくれよ」

 母が中学生のときに亡くなったという祖母の話を聞くことは昔から少なかった

 思い出の少なさのせいか、話すときにいくらか滲む“痛み”のせいか… (関連 喪失の痛み

 春から秋の間には敷地のあちらこちらに花の種や苗を植えて、毎朝水を換えたり新しい花を取って来たりしていたけど、冬にはわざわざ買って来て供えている 先祖のために、そして大好きな父が暗い道で迷わないように

 なるほど…と、納得がいった

 ところで、冒頭の話をしている相手は私ではなく遊びに来ていた友だちで、共に仏壇を守っているという話題の延長だった

 あんなに何度も同じ話を聞かされているのに、この話は初めてだぞ…

 スーパーの花売り場で、冬場に値段が張る花を選んでいる母を見ている私の微妙な表情… 気づいていたのかなぁ 気遣わしかったかなぁ

 ごめんなさい この冬はもっとにこやかに見守ります

どこを見てももう花がないので、神奈川で撮った散歩道の花を

日々のあれこれ母の一世紀

 今朝起きて居間に行ったら、新聞の“自分にとって大切なところ”だけをチェックし終えた母が語り始めた

 ○○さんが亡くなったらしい

 102歳だったんだって

 そこからは思い出話

 父と仲が良くて、良い話し相手だった

 街の方へお嫁に行ってからも、ご主人共々交流があった

 昨年の秋ごろ、母の短期の物忘れが気になり出して然るべき機関を受診した

 処方された薬の効果もきっとあるんだろうけど、こんなふうに父が築いてきた関係に対して礼儀を欠かないようにアンテナを張っていることも、母にとっては大切な予防線なんだろうな