同じ空の下母の一世紀

 父さん、どうする?

 母さんは、父さんの願いをすっかり叶えたけど

 ここ数年の間に、何度か聞かされた、母の思い出話

 嫁いできて間もないある日

 その日の仕事を終えて帰ろうとしたとき、父さんが物置小屋の陰で手招きしていた

 何かと思って行ってみると、突然抱きしめられた

 俺にはもう、お前しかいない

 祖父母がいて、舅も姑もいて、亡くなった前妻の子どもまでいる家

 子育てを手伝ってもらっていた身内まで、あれこれと理由をつけて去っていった

 こんな家に来てくれるのは、きっとお前が最後だ

 俺に不満があるなら、いつだって出ていってもいい

 でも、家族への不満なら、どうか辛抱してほしい

 この言葉を支えに、長い年月を乗り越えてきたという(関連

 四人の年長者を送り終えたときには、とうに還暦を過ぎていた

 一歳から育ててきた姉までも、先に送ることになった( 関連 勝手に使命感

 母さんは、あの日の約束を全部守ったよ

 そんな母さんに、父さんは何をしてあげられるの?

 ちゃっかり、自分まで送ってもらっちゃって…

 母の思い出話は続く

 父さんは、本当に優しかった

 穏やかで、考えが深くて、困った人はみんな父さんに相談に来たんだよ

 みんなが、父さんを立派な人だって言ってくれて、誇らしかった

 父さんをおいて、私が先にいくことにならなくて、本当に良かった

 そうか

 お返しは、ずいぶん前から、少しずつしてあったんだね

2回目の登場 父が大好きだった木です

同じ空の下母の一世紀

 小さな「ひたち海浜公園」を作りたくて、母にネモフィラの種を送ったのはまだ雪深い頃でした

 庭の縁に石を積んで、土を足して花壇にするのを思いついたのは、昨年の夏、何かに取り憑かれたように生垣を剪定しまくったときでした (関連 繋がった空の下で

 90歳近い母には酷な作業に思えたので、甥っ子や、向こうに行っている息子に頼んで“遠隔操作”で進めようと思っていたのですが、奇しくも、自分の手で、思っていた通りにつくることができました

 自由に動ける時間が限られていたので、少しの時間を見つけては、石を並べて土を起こしました

 出来上がった頃、納棺師さんが到着して、父の納棺の儀が執り行われました

 息を切らせて座っている、土の匂いのする私に、父は苦笑していたかもしれません

 でも、秋の開花まで、母の楽しみになるはずの花です

 父も文句は言わないでしょう

 とても仲のいい夫婦でしたから

同じ空の下母の一世紀

 「次の一手」を常に考えながら戦略を進める人

 そんな洞察力や想像力が、私にもあったらなぁと、羨ましい限りです

 こんなかっこいい表現には申し訳ないくらい、私の「次の一手」はささやかなものでした

 一昨年の秋に、「来年のひと夏、母が張り合いをもって育てられる植物を…」と考えて、散歩道に自生していたコキアの種を採りました

 コキアは、北海道ではあまり普及していないので、珍しい植物が好きな母は興味津々で育てるだろうという予想は見事に当たりました

 暖かくなるにつれて、ムクムクと大きくなっていく様子、その形の可愛らしさ、秋に鮮やかな赤に染まっていく感動を、逐一電話で伝えてくれました

 秋が過ぎて枯れてきた頃に「種を採っておいたけど、気温が下がってから採ったから、芽が出なかったときのために、そっちでも採って、また送って」と言うのを聞いて、来年の楽しみもできたんだなぁ…と安心しました

 それでも「次の一手」は用意しています

 ネモフィラ、黄色いコスモス“レモンブライト”、白に青い筋の入った大輪朝顔

 どれも、散歩の途中で零れ種から育ったらしい株から種をいただいたものです

 いずれも、母にとっては目新しい花なので、季節をずらしながら花を咲かせて、楽しい夏にしてくれるでしょう

 嫁いで来てから苦労の連続で、辛い思いもしてきた母です(関連 勝手に使命感

 一人暮らしになって、どんなに心細いかと思いながらも、離れて住む私には、してあげられることは限られていて、もどかしく感じる日々です

 せめて、毎日、一度は笑顔になれるように、「次の一手」、また「次の一手」と、手駒を用意しておきたいのです

 ちなみに、今日の電話で、「家の中で苗を育てておこうと思って、1週間ほど前に種を蒔いたら、3日くらいで芽が出たよー」と喜んでいました

 ちょっと、気が早過ぎじゃないかな…

 張り合いがあるってことだから、まぁいいか…

昨年夏 北海道育ちのコキアです