昔話
私が小さい頃には曽祖母がいて、よく思い出話をしてくれた。
北海道の原野を開拓して農地を広げた話。
その近くに元々住んでいた、言葉の通じない民族の突然の訪問にひどく驚いたあまりに失礼をして、怒らせてしまった話。
怪我で気を失い、“仏様”に助けられる夢を見て目を覚ました話。
まるで物語を話すように遥か遠くを見つめながら話し、そして最後には決まって「はっはっ…。」と笑う。
西の山に沈んでいく夕日に手を合わせながら、
「今日も無事に生きられた。」と、涙を流していた姿は、今でも目の奥に焼き付いている。
私はいつでも、彼女のそばにいるのが嬉しかった。
私が小さかった頃、祖母もよく思い出話をした。
若い頃の毎日の仕事は、ただただ辛かった。
誰にも分かってもらえず、いつも悲しかった。
体を壊して、病院にもよく通ったものだ。
私はその話がいつ終わるのかと、早く遊びに行きたいと、生返事ばかりして叱られた。そして、「おまえも分かってくれないのか。」と責められた。
私はいつしか、彼女の近くに行くことさえも怖くなっていた。
二人は何の意図もなく、それぞれに自分の生き様を見せてくれただけだった。でも私は、無意識のうちに感じ取っていた。人生が幸せと不幸せとに分かれていく瞬間を。
エッセイ集「これはきっとあなたの記憶」(2004年)より
*加筆しました