日々のあれこれたどり着いた視点

「愛」の字に 込めた想いは 時を経て

         永遠(とわ)と刹那に 分かれてゆけり

ななえ 詠

 昨今のニュースに、こんな考えが頭をよぎる人が多いのではないでしょうか。

 心が未熟なまま親になり、そのときの「ノリ」や「思いつき」で、見た目の良い文字を当てた、新鮮な響きの名前を選んだのだろうと。

 自分の身に起こっていることの原因も分からず、それが「悲しい」とか「辛い」という感情だということにも気づかない子もいたでしょう。

 この先、自分は成長して、こんなのではない未来が待っているという希望などもてるはずもなかったでしょう。

 ただ生きて、苦しんで、目を閉じてしまった小さな命に、胸が痛くなるばかりです。

 それでも、「愛」の文字を与えたその瞬間には、それぞれに決意があったと思いたいです。

 一年近くも胎内で育て、自分と同じ体温でこの世に生まれてきた命を愛おしく思うのは、生き物の本能ではないでしょうか。

 その命は、祝福されて、この世界に歓迎されて生まれてきたのだと、言葉が分るようになってから、ちゃんと伝えてあげてほしかった…。

 そのときの決意を、「永遠」へと続けている方々もたくさんいらっしゃる中、「刹那さん」への思いを中心に書いてしまったことをお許しください。

日々のあれこれたどり着いた視点

 たった今、この子に

 あらん限りの愛情を注いだら

 ひとの痛みを分かる子に育てたら

 世界中のみんながそうしたら

 40年先には、平和な世界が実現しているかな

 私たちが今見ているのは

 60年も前に起きた出来事の

 しわ寄せなのかもしれない

日々のあれこれたどり着いた視点

 車を運転していて、後ろを走っていた車が脇道に入ったなと思ったら、その道の先で前に割り込んでくる。なんだかムカっとする。目の前で信号が変わって、私だけ止まる羽目になったなら、なおのこと。

 時間の余裕は、たっぷりあるのに。

 スーパーのレジに並んでいて、店員さんが手間取っているのが見える。小銭を出すのに時間がかかっているお客さんがいる。そうやって、自分の列がなかなか進まないときも、イラッとする。隣の列がどんどん進んでいくのが羨ましいような、悔しいような…。

 別に急いでないのに。

 そして、隣家のエアコンの排水が、我が家の方へ流れて来るのが今日も許せない。(関連 水に流せない)

 戦争を起こす根元にあるのって、こんな気持ちなんじゃないかな…。