日々のあれこれこちら側の私たち,たどり着いた視点

 こちら側って、どちら側?

 私の独断によって隔てられた壁のこちら側

 借りたものはちゃんと返すのを正しいとする価値観をもつ側

こちら側の私たち

 躊躇わずにゴミをポイ捨てする側に対して、それを拾って美化された環境を求める側

こちら側の私たち その2

 雪が解けてあらゆるものが現れてきた

 懐かしい大地

 そう!ここはこんな形だったんだ

 枯れ草の合間から久しぶりに覗く緑色が愛おしい

 そしてそれらに紛れて空き缶やビニールゴミ…

 地味な自然色の中に、この原色やテリテリした質感がなんと異質なことか!

 私はこちら側の人間なのでそれらを拾い、自前で買った不燃ごみ用の袋に入れる

 でも人間だから「こんなことするヤツは心が貧しいんだろうから、うちみたいな美味しい米の味は分からないさ!絶対食うなよ!」と悪意のある妄想を膨らませる

 そうこうしているうちに、青天の霹靂

 結構大きめの雹が降り始めた

 イタタ…なんて言いながらそのまま畑の整備をしていると、やはりどこ吹く風で息子が田おこしを続けていた

 こちら側の私たちって、なんだか誇らしいな

日々のあれこれこちら側の私たち

 宗教の違う通夜に参列する機会があった

 これまでの経験だと、多少の違いがあるのは当たり前か…と思いながら参列したものだったけど、今回ほど大きな違和感を感じることはなかった

 戸惑いながらも知らず知らずのうちに“共通点”を探してしまっていたのは人としての“性”なのかな…

 見つけるのは困難と諦めて、せめて「故人を悼む心」と「遺族に寄り添う姿勢」をここに座っている理由にしようと決めた

 それほどまでに、「異質」な自分が気の毒だった(汗)

 式場に入ってすぐに、近所に住む顔見知りの人が隣においでと声をかけてくれた

 世間話をした後に、よく聞く“お願い”をされたけど、「選挙のことは自分で考えることにしています」と答えた

 大丈夫、私は雰囲気にのまれてはいないぞ…と自分を励ました

日々のあれこれこちら側の私たち

 姪がデジタルアルバムに姪孫の写真を送ってくれる

 男の子なんだけど、姪の子だから「姪孫(てっそん)」とか「又姪(まためい)」とか呼ぶんだって…、調べてみて初めて知った!

 普段は名前で呼ぶから、考えたこともなかったなぁ

 母にとっては私の孫たちと同じく「ひ孫」

 これまでは、私の孫たちの写真や動画ばかりが娘から送られて来ていたけど、新しいデジタルアルバムを買ったのを機会に姪にも連絡して、姪孫の写真を送ってもらえるように頼んだ

 小さい頃から中学生になった今までの色々なシーンを送ってくれる

 懐かしいものも多いから、母にとっては見る楽しみが倍以上になったに違いない

 それにしても毎回感心する

 ちょうどいい!

 送ってくる間隔といい一度に送られる枚数といい!

 そろそろ今まで送ったやつを見慣れた頃かな…とか、このくらいだったら負担にならないで楽しめるかな…とか

 母の思考のキャパを考えながら送ってくれているのが伝わってくる

 小さい頃からいつも周りの人の様子を観察していた子

 お互いが分かり合ったり、より楽しい会話ができるように取り持つような話題の振り方ができる子

 同じ遺伝子を持っていると思うと誇らしいな